地域社会と危機管理研究所
地域社会の変容と「地域力」
戦後、日本社会は高度経済成長、バブル経済とその崩壊、さらに諸分野におけるグローバリゼーションといった歴史の流れにさらされてきた。 これら生活のしくみに関わる諸要因の変化によって地域社会は大きな変容を余儀なくされ、 そこに暮らす個々の住民の文化・経済水準や価値志向も多層化し、異質性を顕在化させている。
こうした状況は、地域住民相互の連携や共感の欠如をもたらし、その地域独自に育まれてきた文化や、 災害をはじめ様々な「危機」に対して地域社会が発揮すべき対応力など、 本来、地域社会が有していた「地域力」の脆弱化をもたらしてきたことは否定できない。
現代社会における危機への視点
災害は、地域の抱える問題が一挙に噴出する契機となる。 とくに被害が大規模に及ぶほど、その時代や社会システムのもつ光の部分だけではなく、陰の部分(脆弱な点)も透けて見せる。 複雑なシステムを媒介とする予知不能な影響の連鎖が起こり得る現代社会においては、災害発生直後の緊急対応はもとより、 応急復旧期から復興・再生段階へ至る長期間に及ぶさまざまな課題を乗り越えていくための総合的な視点にたつアプローチが求められている。
災害研究を通して総合的な地域社会再生の方途を探る
「地域社会と危機管理研究所」は、現代社会における生活条件の変化と、 その中での<都市・地域文化の生成・変転><まちづくりや地域活動等の集合的営為>の実態把握を踏まえたうえで、 脆弱化する<地域対応力や危機管理のあり方>を検証し、 これらの地域力を支える地域社会の可能性と、安心で安全な生活確保に向けての条件づくりを全体のテーマとして、 次の4つを柱とする研究を進めている。
- (1)阪神・淡路大震災、東日本大震災等、過去の被災地における被災から復旧・復興に至る社会過程の検証
- (2)大都市や地方農山村における防災まちづくりや防災福祉コミュニティ、 安全な地域環境を志向した地域おこしや活性化の取組み等を対象にした調査研究
- (3)大都市の都心部や農山村の過疎地域におけるコミュニティの歴史的変遷、 その中で生活上の安全・安心の要因がどのように地域文化の形成や主体形成と関係しているかを解明するための 社会構造や文化的側面に関する調査研究
- (4)アジアを含めた世界の居住環境の現状と開発援助、その担い手層の教育訓練プロセスに関する、 持続性や内発性に基づくコミュニティ形成という観点からの調査研究
研究概要
2019年度から5年間にわたり、科研費基盤研究(A)一般「大規模災害からの復興の地域的最適解に関する総合的研究」(課題番号19H00613)(研究代表浦野正樹)が給付されており、再設置後のこの研究所の研究テーマとも合致しているので、当面の間は、この科研費研究を精力的に遂行していくことにしたい。
科研費の研究では、「東日本大震災を対象として発災以来7年間社会学が蓄積してきた復興に関する社会調査の成果に基づき、災害復興の地域的最適解を明らかにすること、また地域的最適解の科学的解明に基づいて、次に予想される大規模災害に備えて、災害復興に関する政策提言を行うこと」がうたわれており、研究方法としては「震災に関する社会学的研究のアーカイブを整備し、蓄積された研究成果の上に立って、復興の地域的最適解に関する仮説を構築し、体系的な社会調査を設計・実行してその仮説を検証する。
さらに、検証され確実となった知見に基づき、南海トラフ巨大地震、首都直下地震など次に予想される大規模災害の復興をどのように進めるべきか、どのような制度設計を行うべきかに関して政策提言を行う」と示されている。
同時に、研究の遂行と並行して、研究成果の社会への発信、特に災害に対する世界的な関心の高まりを踏まえ、英語ウェブサイトの開設、各種国際学会での発表等、グローバルな発信を重視することが目標に掲げられている(詳細は研究調書などを参照)。
なお、再設置後の研究所の最初の3年間が科研費研究期間にあたるので、上記の科研費の研究との関係でいえば、そのまとめが研究所の中間報告の時期にあたることになる。
また、東日本大震災の復興過程研究に関わっては、社会的な課題のうち、とくに継続的で長期的な課題である<地域における持続可能性>を視野に入れた復興への取り組み(津波で被災した過疎地域、原発事故において避難を余儀なくされた地域を念頭におく)について調査研究を進めていく。
帰還が難しい人々の抱える課題や、それを介して見える現代社会のさまざまな歪み(原子力災害による避難と賠償に関わって生じている差別の問題や帰還のプロセスでの課題、原発再稼働に関わる問題群などを含む)についても、調査研究を進めていく計画である。
東日本大震災等に代表される災害事象は、私たちの社会生活を根幹から危機的状況に陥れ、現代社会が直面しているさまざまな課題を浮き彫りにすると同時に、この危機的状況に晒された個人や集団への対応は日本社会のもつ特質を示しており、個人の心身の状態やメゾ環境(家族、職場、学校、地域社会など)の属性に応じた現実的かつ効果的な社会生活支援のしくみを構想し実現するとともに、その生活支援の実態の推移を通じて顕在化する日本の現代社会のもつ歪みや課題を掘り下げることも重要な研究課題である。
それら東日本大震災に関わる研究と併行して、本研究所では、2020年初頭から全世界を襲った新型コロナウィルスの感染拡大状況とそれへの社会対応がもたらしたさまざまな課題と関連付けながら、現在の危機的社会状況の内実を明らかにし、長期的な経済危機や激甚災害・パンデミックによる苦難などの社会背景が、国家の枠を超えて深甚な社会的影響を惹起し日常生活を混乱に陥れ、社会的な亀裂を深め、社会編成の仕組みや原理を変質させて民主的なルールを破壊していく局面を、調査研究し分析していく計画である。